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今日の1曲 #46 - 追悼 樋口宗孝 -

2008年12月01日 22:54

munetaka_higuchi

樋口宗孝(1958 - 2008)

日本のHR/HMシーンの先駆者「Loudness」のドラマーであり、ハードロック・ドラマーでは日本を代表し世界でもその名は広く知られたドラマーです。

1970年代に「赤頭巾ちゃん御用心」などのヒット曲を出した「Lazy」として活動。
ハードロック調でありながらもポップな楽曲で当時は人気があったグループになりました。
その後、アイドル路線と本格的なハードロック路線との間で音楽をやって行く事にバンドは悩みます。
1980年、本格的なハードロック路線となった「宇宙船地球号」のリリース、1981年のライヴを最後にLazyは解散しました。(ちなみにLazyのヴォーカルは現在ではドラゴンボールなどのアニメの主題歌を多く歌う影山ヒロノブ(ミッシェル)です。)

Lazyの解散直前に同じくメンバーでギターの高崎晃(スージー)、ベースの田中宏幸(ファニー)、ヴォーカルには元アースシェーカーの二井原実で「高崎晃プロジェクト」として活動したのがラウドネスの原型です。
活動開始してまもなく田中宏幸が脱退、高崎晃の幼なじみであった山下昌良を新ベーシストとして迎えて、正式にラウドネスとして活動を始めます。

1980年代に日本でハードロックが盛り上がった背景には「関西ハードロックシーン」の存在が大きかったです。
東京よりも大阪や京都の方が特に盛んで、その中心にいたのがラウドネスです。
その後はヴォーカルに西田昌史(マーシー)を迎えて再始動したアースシェーカー、44マグナム、X-RAY、ラジャス、マリノなどの数々のハードロック・バンドを生まれました。
東京ではブリザードやアンセム、リアクションやサブラベルズ等のバンドが活動していました。

1990年代には日本のハードロックシーンの衰退、ラウドネス自体もヴォーカルの二井原実が脱退、マイク・ヴェセーラや山田雅樹(元、フラットバッカー、E.Z.O)、ベースの山下昌良も44マグナムの広瀬さとし(ギター)とバンドを活動させる為に脱退、Xを脱退した沢田泰司が加入しました。
その後も幾度のメンバーチェンジを繰り返し、2000年にオリジナルメンバーでの再結成を目的に一度ラウドネスは解散します。

この2000年の再結成を機に古巣の日本コロンビアレーベルへの復帰(それまではワーナーやBMG Rooms(現在のVermillion Records)、徳間ジャパンなどへ移籍)現在でもオリジナルメンバーで活動していました。

ところが2008年2月「Metal Mad」リリース直後の4月、樋口に肝細胞にガンがある事が分かりバンドは樋口の復帰まで活動を無期限休止。
闘病生活を送っていましたが、2008年11月30日、闘病も空しく入院先の大阪の病院で逝去してしまいました...

僕がギターを弾き始めた時に多くの日本のハードロックバンドの楽曲を多く聴き、コピーバンドを作っては演奏してきました。
洋楽への影響の陰には多くの邦楽の影響も大きくありました。

そんな自分の音楽的なバックグラウンドにはラウドネスの存在は不可欠でした。
僕の中では今年一番ショッキングな話であり、突然の訃報でありました。
多くの日本のロックドラマーに影響を与え続けた樋口宗孝の存在はこの世界では大きな損失であり、今後のムーヴメントに大きな影響を与える事でしょう...

thunder_in_the_east
(画像はwww.hmv.co.jpより)

「Crazy Night」Loudness
Thunder In The East」(1985年)

ラウドネスの楽曲で1曲選ぶのは僕にとってはかなり悩みます。
その多くの楽曲の中でも「やはりこれかなぁ」と思い選んだのはこの曲です。

初期のラウドネスはイギリスのいわゆる「NWOBHM(ニュー・ウェーブ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタル」の影響が強く、「Road Racer」「Crazy Doctor」「Speed」「In The Mirror」「Dream Fantasy」などがその代表です。

ですが1985年、このアルバムでアメリカ寄りのいわゆる「L.Aメタル」的な楽曲にシフトチェンジして行きます。
そしてモトリークルーの前座としてアメリカで日本人グループとして初めて本格的なツアーをしました。
日本人のハードロック・バンドとしては初めてビルボードにチャートインも果たしました。
これは当時快挙として大きく音楽誌にも報道されました。

バンドとしても商業的にはこのアルバムを機に大きくアメリカや日本でも成功しました。
それまでのラウドネスは特にヨーロッパ圏で人気があり、イギリスやドイツなどの国で成功を収めていましたが、このアルバムでワールドワイドな活動をする事になりました。



樋口宗孝、享年49歳。
まだまだ死ぬには若すぎます...(泣)

ひぐっつあん...
お疲れ様でした。
最高のドラミングをありがとう...
どれだけの多くのドラマーがあなたの様なドラムが叩きたくてドラムを始めた事でしょう。

これからは「伝説」になってしまう訳ですが、天国でもかっこいいドラムを叩いて下さい...合掌...

We are the "Loudness" guy Feel in the sky
We are the "Loudness" guy
We feel high high...


Rest in Peace...

▽Loudness - Crazy Night(1984年)


▽Loudness - Road Racer(1983年)


▽Loudness - Let It Go(1986年)


▽樋口宗孝 - ドラムソロ(2006年、東京国際フォーラム)



コメント

  1. Takks | URL | -

    こんばんは。
    朝から衝撃を受けました。新聞で知り、TVで見て。
    僕がHR/HM好きになったのはThunder In The Eastが発表された頃からなので、このニュースはとてもショックです。
    海外組一辺倒の僕ですが、国内組で好きなのが(特に「Thunder In The East」の頃の)Loudnessです。
    それだけに、アメリカでの活躍はとても嬉しかったのですが。。。
    日本を代表するドラマー樋口宗孝さん。お疲れさまでした。
    そして、ありがとう。  Rest in Peace....

    BREAKING THE TABOO、iTunesのカートに入れっぱなしになってた。。。
    また、Thunder In The East等々を引っ張り出して来て、もう一度しっかり聴き込みます、Loudness。

  2. retro | URL | 93Spc5Yw

    >Takksさん
    どうもです!

    僕も知った時は本当にショックでした...
    偶然なのですが、樋口宗孝に関する記事を書こうと思っていた矢先の出来事で、書いた記事は悲しい記事を書く事になるとは思いもしませんでした...

    初期もラウドもなかなか良いですよ!
    僕はリアルタイムなもので、むしろ初期の方が好きです。f(^^)
    是非機会がありましたらご一聴してみて下さい。

  3. +.kだいひょう | URL | 44.VUNoo

    Let it goはアメリカのハードロックバンドよりもアメリカンですねぇ...
    最後まで聴き入ってしまいましたよ(^ ^)。

    Loudnessは残念ながら聴いた事が無いのですが
    関西で音楽活動をしていた頃は少なからず関わりの
    ある方も周りにいたので色々なお話が耳に入ってました。

    しかし、49歳とは残念です...
    樋口宗孝さんのご冥福を心から願っておりますm(_ _)m。

  4. retro | URL | 93Spc5Yw

    >+.kだいひょうさん
    どうもです!

    Let It Go
    僕も好きです。(^^)
    ここ何日かLoudnessの曲とPVを見ているのですが、やはり良いバンドです。

    当時大阪でライヴをした事があったのですが、東京とは違い大阪の盛り上がりようはハンパ無かったです。
    今でもその印象が強いのですが、非常に元気な所です。
    今でも大阪は大好きです。

    >>49歳とは残念です...

    若すぎます...
    惜しい人を無くしました...(泣)

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追悼:樋口宗高氏

青林檎の方で相互リンクさせて頂いている、retro さんの Inside Out にて知りました。闘病生活に入られていたということさえ知らなかったのでビックリしました。